検索結果一覧

データベース 写真資料
フリーワード
 
  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 オンドヤキ(オニヤキ)、どんど焼き、オニヤキ小屋 高橋文太郎 ・『早川孝太郎全集12』p.603には「田圃の中に子供たちが造りあげた小正月のサギッチョコヤ(左義長小屋)。火をつけたときの凄まじいほどの火の勢いが想像される。 撮影 高橋文太郎 栃木県上都賀郡。」とあり・『民族学研究』第二巻 第三号「下野古里村に於ける子供組行事」p.185に「オンドヤキ(オニヤキ)と厄拂い行事」、「昭和九年二月、村上清文君と同行」とあり、また同書p.186 に「小屋は部落の家々に近い田の中に建てるが、その田は毎年同じ田を使用し、當大字の地主加藤平三郎氏所有のものである」とあり 昭和9(1934) 栃木県河内郡古里村西下ゲ橋 写真資料 日本常民文化研究所
2 厄落しのため民家を廻り歩く子供、子供組の道祖神祭り 高橋文太郎 ・『早川孝太郎全集12』p.600には「子供組の道祖神祭り。真ん中にすえた注連をかけたものが男女二体の道祖神。子供たちはそれぞれカタナを持っている。 撮影 高橋文太郎 栃木県下都賀郡。」とあり・『民族学研究』第二巻 第三号「下野古里村に於ける子供組行事」p.185に「厄落し廻りの子供組(黒崎勝吉氏方)」とあり・『民族学研究』第二巻 第三号「下野古里村に於ける子供組行事」p.185に「昭和九年二月、村上清文君と同行」とあり、また同書p.186に「當大字(西下ゲ橋)」とあり)、pp..190-191に「吾々は黒崎勝吉方に廻って来るを待ち、当家で之を親しく之をみることが出来た」とあり 昭和9(1934) 栃木県河内郡古里村黒崎勝吉氏方 写真資料 日本常民文化研究所
3 厄落し行事に用いるセイマルボウ 高橋文太郎 ・『民族学研究』第二巻 第三号「下野古里村に於ける子供組行事」は高橋文太郎の写真を使用しているため撮影者はこれによる 昭和9(1934) 栃木県河内郡古里村 写真資料 日本常民文化研究所
4 オンドヤキ当夜厄落し行事に用いるカタナ(セイマルボツキ)の鞘 高橋文太郎 ・『早川孝太郎全集12』p.600には「小正月にカツ(白膠木)で作る太刀の柄模様。カタナともいい、子供たちはこれを持って遊ぶ。 撮影 高橋文太郎 栃木県下都賀郡。」とあり・『民族学研究』第二巻 第三号「下野古里村に於ける子供組行事」p.185に「昭和九年二月、村上清文君と同行」とあり、また同書p.186に「當大字(西下ゲ橋)」とあり)、p.189に「カタナ(刀)を、ノデボウ又はコウカンボクと土地で呼ぶ木を用ひて作ることである。」とあり 昭和9(1934) 栃木県河内郡古里村 写真資料 日本常民文化研究所
5 栃木県河内郡古里村のサイノカミの棒 木川半之丞 ・撮影年月日は不明であるが、本資料がガラス板写真であること、また被写体の背景を白く塗りつぶす加工をしてあることなどから撮影者は木川半之丞と推定した。   河内・古里村 写真資料 日本常民文化研究所
6 ヒメツコやコズなど筌類 不明   昭和9(1934) 河内郡古里村字下ゲ橋 写真資料 日本常民文化研究所
7 栃木県河内郡古里村のサイノカミの棒 木川半之丞 ・撮影年月日は不明であるが、関連目録番号資料がガラス板写真であること、また被写体の背景を白く塗りつぶす加工をしてあることなどから撮影者は木川半之丞と推定した   栃木県河内郡古里村 写真資料 日本常民文化研究所

戻る