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  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 竹製横筌 不明 ・横書番号はアルバムNo,89・90の収蔵番号と関連するものヵ   不明 写真資料 日本常民文化研究所
2 愛知県北設楽郡園村足込のヤス 木川半之丞 ・撮影年月日は不明であるが、本資料がガラス板写真であること、被写体の背景を白く塗りつぶす加工をしてあることなどから撮影者は木川半之丞と推定した。撮影地は足込としたが、東京のアチックミューゼアムでの撮影の可能性もある。   北設楽郡園村足込 写真資料 日本常民文化研究所
3 愛知県北設楽郡園村足込のヤス 木川半之丞 ・撮影年月日は不明であるが、関連目録番号資料がガラス板写真であること、被写体の背景を白く塗りつぶす加工をしてあることなどから撮影者は木川半之丞と推定した・現地での撮影か東京のアチックミューゼアムでの撮影かは不明   北設楽郡園村足込または東京・アチックミューゼアム 写真資料 日本常民文化研究所
4 田口町長江の夏目義吉宅にて新盆行事見学の一行記念写真(渋沢敬三、夏目義吉の両親、夏目一平、原田清、窪田五郎、有賀喜左衛門、早川孝太郎、村上清文、高橋文太郎など) 不明 写っているのは渋沢敬三、夏目義吉の両親、夏目一平、原田清、窪田五郎、有賀喜左衛門、早川孝太郎、村上清文など・撮影日時は澁澤敬三『犬歩当棒録』「旅譜」、本山雑記p.176によるが、夏目宅へは2日夜到着のため3日の撮影と推定した、ア-26-4、ア-26-5と同一の場面・人名は『早川孝太郎全集ⅩⅡp.346』下段の写真キャプションによる、引用・使用媒体のうち横浜市歴史博物館、神奈川大学日本常民文化研究所発行の掲載写真は渋沢史料館所蔵のもの 昭和8(1933) 北設楽郡田口町長江 写真資料 日本常民文化研究所
5 田口町長江の夏目義吉宅のキリコドウロウ 不明 ・撮影日時は澁澤敬三『犬歩当棒録』「旅譜」、本山雑記p.176によるが、夏目宅へは2日夜到着のため3日の撮影と推定した・ア-26-11、12と同一場面で反対側から撮影したもの 昭和8(1933) 北設楽郡田口町長江 写真資料 日本常民文化研究所
6 奥三河北設楽郡田口町長江の夏目義吉家 高橋文太郎 ・撮影日時は引用・使用媒体キャプションによる、台紙にゼムクリップの錆の染みあり 昭和8(1933) 北設楽郡田口町長江 写真資料 日本常民文化研究所
7 北設楽郡下津具村和市のヒゴヤ 榎本文治 ・撮影場所、撮影年月日は『本山雑記』p.226、澁澤敬三『犬歩当棒録』「旅 譜」の記述により、榎本文治が中在家花祭に同行した昭和10年1月2日に撮影されたものと推定・本資料に写るヒゴヤは昭和8年1月に撮影された16ミリフィルム「三河地方旅行1&2」03:26に見えるが、その後の経年で本資料撮影時には屋根の一部が破損している 昭和10(1935) 北設楽郡下津具村和市 写真資料 日本常民文化研究所
8 北設楽郡富山村大谷にて漆を取るための刃物跡がついた丸太 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎『山と民俗』p.140,147、『本山雑記』p.152によると、昭和8年1月4日に撮影されたものと推定される 昭和8(1933) 愛知県北設楽郡富山村大谷附近 写真資料 日本常民文化研究所
9 北設楽郡本郷町中在家での花祭の花宿 高橋文太郎 ・撮影年月日は『本山雑記』p.196の記述により、渋沢敬三が撮影した16㎜フィルム「花祭り」に写るポンプ車、畑の位置、本資料の被写体の人物が同一であることから昭和9年1月3日に撮影されたものと推定した、同定は同フィルム12:20過ぎで行った、また、同記述から本資料は高橋文太郎によって撮影さたものと推定した、『本山雑記』p.195によると本資料に写る花宿は山田陽次郎宅 昭和9(1934) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
10 北設楽郡本郷町中在家の花祭湯ばやし 高橋文太郎 ・撮影年月日は『本山雑記』p.196の記述により、渋沢敬三が撮影した16㎜フィルム「花祭り」に写る人物と、本資料の被写体の人物が同一であることから昭和9年1月3日に撮影されたものと推定した、同定は同フィルム12:45過ぎで行った、また、同記述から本資料は高橋文太郎によって撮影さたものと推定した 昭和9(1934) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
11 北設楽郡本郷町中在家の花祭湯ばやし 高橋文太郎 ・撮影年月日は『本山雑記』p.196の記述により、渋沢敬三が撮影した16㎜フィルム「花祭り」に写る人物と、本資料の被写体の人物が同一であることから昭和9年1月3日に撮影されたものと推定した、同定は同フィルム12:15過ぎで行った、また、同記述から本資料は高橋文太郎によって撮影さたものと推定した 昭和9(1934) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
12 北設楽郡本郷町中在家の花祭の鎮め面(ひのう) 高橋文太郎 ・撮影年月日は『本山雑記』p.196の記述により、渋沢敬三が撮影した16㎜フィルム「花祭り」に写る面と、本資料の被写体の面が同一であることから昭和9年1月3日に撮影されたものと推定した、同定は同フィルム08:47過ぎで行った、また、同記述から本資料は高橋文太郎によって撮影さたものと推定した・中在家の「鎮め」の面については『早川孝太郎全集Ⅰ』p.382に「第158図「しずめ」の面(ひのう)朱塗り(振草系中在家)」としてスケッチが掲載されているが、ラフなため本資料との同定はできない 昭和9(1934) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
13 北設楽郡本郷町中在家の花祭面 玉生道経 ・撮影場所、撮影年月日は『本山雑記』p.226の記述により、玉生道経が中在家花祭に同行した昭和10年1月2,3日に撮影されたものと推定した、本資料に写る面は前年に撮影された16ミリフィルム「花祭り」07:53に見える、また、昭和5年に澁澤邸で撮影された16ミリフィルム「花祭り綱町邸」15:37にも見える 昭和8(1933) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
14 北設楽郡本郷町中在家の花祭の朝鬼面 玉生道経 ・撮影場所、撮影年月日は『本山雑記』p.226の記述により、玉生道経が中在家花祭に同行した昭和10年1月2,3日に撮影されたものと推定した、本資料に写る面は前年に撮影された16ミリフィルム「花祭り」08:09に見える 昭和8(1933) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
15 北設楽郡本郷町中在家の花祭の山割鬼面 玉生道経 ・本資料とア-27-12は同一の被写体、同一の場面、撮影場所、撮影年月日は『本山雑記』p.226の記述により、玉生道経が中在家花祭に同行した昭和10年1月2,3日に撮影されたものと推定した 昭和8(1933) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
16 北設楽郡本郷町中在家の花祭の榊鬼面 玉生道経 ・本資料とア-27-11は同一の被写体、同一の場面、撮影場所、撮影年月日は『本山雑記』p.226の記述により、玉生道経が中在家花祭に同行した昭和10年1月2,3日に撮影されたものと推定、本資料に写る榊鬼面は前年に撮影された16ミリフィルム「花祭り」08:32に見える・撮影者は台紙記載による 昭和8(1933) 北設楽郡本郷町中在家 写真資料 日本常民文化研究所
17 鉞を持った鬼と見学する子どもたち 不明 ・本資料はネガフィルムで河1-30-5-19の封筒に入っていたもの、本資料に写る榊鬼は『早川孝太郎全集ⅩⅡ」p.360、『早川孝太郎全集Ⅰ」 口絵写真「図24 鬼の舞と面」と同場面であり、足込の鬼と考えられる、後者の写真は早川孝太郎『花祭』(岡書院・昭和5年4月刊行)に掲載されていることから、撮影年月日は澁澤が足込の花祭りを始めて訪れた昭和5年1月4日、撮影地域も同所と推定した 昭和5(1930) 北設楽郡園村足込 写真資料 日本常民文化研究所
18 中在家の花祭の鬼 不明 ・本資料はネガフィルムで河1-30-5-19の封筒に入っていたもの、本資料に写る鬼は『早川孝太郎全集ⅩⅡ」p.360、『早川孝太郎全集Ⅰ」口絵写真「図24 鬼の舞と面」と同場面であり、足込の鬼と考えられる、後者の写真は早川孝太郎『花祭』(岡書院・昭和5年4月刊行)に掲載されていることから、撮影年月日は澁澤が足込の花祭りを始めて訪れた昭和5年1月4日、撮影地域も同所と推定した 昭和5(1930) 北設楽郡園村足込 写真資料 日本常民文化研究所
19 三信国境線(新野峠)より山々を望む 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎『山と民俗』p147の行程によると、昭和8年1月3日に撮影されたものと推定される。 昭和8(1933) 新野峠 写真資料 日本常民文化研究所
20 新野峠より南アルプスを望む 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎『山と民俗』p147の行程によると、昭和8年1月3日に撮影されたものと推定される。 昭和8(1933) 新野峠 写真資料 日本常民文化研究所

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