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  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 塩釜跡 不明 ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム種市海岸塩釜跡を写真にしたものヵ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム種市海岸塩釜跡は渋沢史料館所蔵のもの・写1-18-2-4と写1-18-2-5は同一のもの(焼増しヵ)・写真裏面に台紙に貼られていた形跡あり 昭和9(1934) 種市海岸 写真資料 日本常民文化研究所
2 稲ハザ掛け 不明 ・昭和8年9月期旅行の16ミリフィルム田沢仙岩峠を写真にしたものヵ・写1-18-2-6と写1-18-2-7は同一のもの(焼増しヵ) 昭和9(1934) 岩手県沢地村 写真資料 日本常民文化研究所
3 稲ハザ掛け 不明 ・昭和8年9月期旅行の16ミリフィルム田沢仙岩峠を写真にしたものヵ・写1-18-2-6と写1-18-2-7は同一のもの(焼増しヵ) 昭和9(1934) 岩手県沢地村 写真資料 日本常民文化研究所
4 青森八戸・岩手種市塩釜跡附近鳥居 不明 ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラサマアソビ他を写真にしたものヵ・写1-18-2-1と写1-18-2-2と写1-18-2-3は同一のもの(焼増しヵ)・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照、因みに同16ミリフィルム16:04に鳥居が二つ遠景に見えこのあたりでの撮影かと考えられる 昭和9(1934) 八戸・種市海岸 写真資料 日本常民文化研究所
5 岩手種市塩釜跡附近鳥居 不明 ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラサマアソビ他を写真にしたものヵ・写1-18-2-1と写1-18-2-2と写1-18-2-3は同一のもの(焼増しヵ)・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照、因みに同16ミリフィルム16:04に鳥居が二つ遠景に見えこのあたりでの撮影かと考えられる 昭和9(1934) 八戸・種市海岸 写真資料 日本常民文化研究所
6 岩手種市塩釜跡附近鳥居 不明 ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラサマアソビ他を写真にしたものヵ・写1-18-2-1と写1-18-2-2と写1-18-2-3は同一のもの(焼増しヵ)・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照、因みに同16ミリフィルム16:04に鳥居が二つ遠景に見えこのあたりでの撮影かと考えられる 昭和9(1934) 八戸・種市海岸 写真資料 日本常民文化研究所
7 塩釜跡 不明 ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム種市海岸塩釜跡を写真にしたものヵ・昭和9年9-10月期旅行の16ミリフィルム種市海岸塩釜跡は渋沢史料館所蔵のもの・写1-18-2-4と写1-18-2-5は同一のもの(焼増しヵ)・写真裏面に台紙に貼られていた形跡あり 昭和9(1934) 種市海岸 写真資料 日本常民文化研究所
8 八戸の海岸、または岩手種市海岸の塩釜の跡 不明 ・昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他を写真にしたもの・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照 昭和9(1934) 八戸・岩手 写真資料 日本常民文化研究所
9 塩釜の跡 不明 ・(昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他の編集前のフィルムを写真にしたものヵ)(男鹿オシラアソビ他フィルムからは確認できず)・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照 昭和9(1934) 八戸・岩手 写真資料 日本常民文化研究所
10 八戸の海岸、または岩手種市海岸の塩釜の跡 不明 ・(昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他の編集前のフィルムを写真にしたものか)(男鹿オシラアソビ他フィルムからは確認できず)・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照   不明 写真資料 日本常民文化研究所
11 流れ昆布取り 不明 ・昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他を写真にしたもの・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがあり、それを参考に同地域・同海岸と考え、題名・県名等はそれを参照 昭和9(1934) 八戸・岩手 写真資料 日本常民文化研究所
12 流れ昆布取り 不明 ・昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他を写真にしたもの・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがあり、それを参考に同地域・同海岸と考え、題名・県名等はそれを参照 昭和9(1934) 八戸・岩手 写真資料 日本常民文化研究所
13 流れ昆布採集具 不明 ・昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他を写真にしたもの・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p.84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照・写1-18-2-35と写1-18-2-36は同一のもの(焼増しヵ) 昭和9(1934) 八戸・岩手 写真資料 日本常民文化研究所
14 流れ昆布採集具 不明 ・昭和9年9月期旅行の16ミリフィルム男鹿オシラアソビ他を写真にしたもの・男鹿オシラアソビ他フィルムには『東北犬歩當棒録』渋沢敬三p.84「19 流れ昆布採集具(八戸海岸)」とある写真と同カットがありそれによれば青森、塩釜跡とすれば旅譜から種市海岸と推定されその場合岩手、題名・県名等はそれらを参照・写1-18-2-35と写1-18-2-36は同一のもの(焼増しヵ) 昭和9(1934) 八戸・岩手 写真資料 日本常民文化研究所
15 釣と四手網(中尊寺経巻扉絵) 不明 ・本資料は「式内水産物需給試考」(『祭魚洞襍考』)に掲載するための版下写真ヵ   不明 写真資料 日本常民文化研究所
16 釣と四手網(中尊寺経巻扉絵) 不明 ・本資料は「式内水産物需給試考」(『祭魚洞襍考』)に掲載するための版下写真ヵ   不明 写真資料 日本常民文化研究所
17 手ツム(封筒・刊行物記載文による) 木川半之丞 ・渋沢敬三著作集第3巻『東北犬歩當棒録』には撮影年代は昭和10年とあるが、渋沢が訪れたのは昭和9年であり、また『有賀喜左衛門著作集Ⅲ』序にも「同研究所(日本常民文化研究所のこと)所蔵の石神部落に関する昭和9年の写真三六葉の掲載」とあるので撮影年代はこれによる・写真裏面に紙テープ状のもので貼った跡がある・斎藤福徳氏所蔵のアルバムに撮影年月日が「昭和九年九月二十三日」と書かれ、また「手ツム 使用麻糸ヨリノ実況」「外ニ 渋沢子爵ノ活動写真ニ撮影」「石田キク(六七)」ともある(斎藤福徳氏所蔵アルバムは2002年10月の横浜市歴史博物館「屋根裏の博物館」展示の際に刈田氏が使ったもので誰の撮影でどういう経緯か詳細不明のもの、常民研には写真のコピーがある) 昭和9(1934) 岩手県石神村 写真資料 日本常民文化研究所
18 (封筒) × ・アチックミュウゼアムの封筒を使っている、渋沢敬三行・24×14cmの茶封筒 × × 写真資料 日本常民文化研究所
19 稗室の内部 木川半之丞 ・渋沢敬三著作集第3巻・『東北犬歩當棒録』には撮影年代は昭和10年とあるが、渋沢が訪れたのは昭和9年であり、また『有賀喜左衛門著作集Ⅲ』序にも「同研究所(日本常民文化研究所のこと)所蔵の石神部落に関する昭和9年の写真三六葉の掲載」とあるので撮影年代はこれによる・写真裏面に紙テープ状のもので貼った跡がある 昭和9(1934) 岩手県石神村 写真資料 日本常民文化研究所
20 大屋斎藤家成員および雇人 木川半之丞 ・渋沢敬三著作集第3巻・『東北犬歩當棒録』には撮影年代は昭和10年とあるが、渋沢が訪れたのは昭和9年であり、また『有賀喜左衛門著作集Ⅲ』序にも「同研究所(日本常民文化研究所のこと)所蔵の石神部落に関する昭和9年の写真三六葉の掲載」とあるので撮影年代はこれによる・写真裏面に紙テープ状のもので貼った跡がある・斎藤福徳氏所蔵のアルバムに撮影年月日が「昭和九年九月二十三日」と書かれ、また「斎藤家々族及ビ使用人」「本家屋ハ文政三年庚辰三月十一日建築」「外ニ渋沢子爵ノ活動写真ニモ撮影ス」ともある(斎藤福徳氏所蔵アルバムは2002年10月の横浜市歴史博物館「屋根裏の博物館」展示の際に刈田氏が使ったもので誰の撮影でどういう経緯か詳細不明のもの、常民研には写真のコピーがある) 昭和9(1934) 岩手県石神村 写真資料 日本常民文化研究所

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