検索結果一覧

データベース 写真資料
フリーワード
 
  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 山ノ神 不明 ・写真の上部台紙に何か貼られていた跡がある・台紙記載の■は「?」が丸囲みされた字   岐阜県沢田村川舟 写真資料 日本常民文化研究所
2 竹で組まれた囲いのある墓(台紙記載、) 不明 ・写真の上部台紙に何か貼られていた跡がある   不明 写真資料 日本常民文化研究所
3 セナカミノ 桜田勝徳   昭和10(1935) 岐阜県揖斐郡徳山村本郷 写真資料 日本常民文化研究所
4 岐阜県恵那郡三濃村にて肩蓑を着け腰籠を提げ笠を被る女性 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡三濃村三濃村 写真資料 日本常民文化研究所
5 岐阜県恵那郡三濃村藤内にて坂道用のクルマ 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡三濃村藤内 写真資料 日本常民文化研究所
6 岐阜県恵那郡三濃村下柏尾にて背負い子を持つ男の子 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡三濃村下柏尾 写真資料 日本常民文化研究所
7 岐阜県恵那郡三濃村下柏尾にて農家の柱に掛けられた鎌 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡三濃村下柏尾 写真資料 日本常民文化研究所
8 岐阜県恵那郡三濃村下柏尾にて囲炉裏のある農家の座敷 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡三濃村下柏尾 写真資料 日本常民文化研究所
9 岐阜県恵那郡三濃村上柏尾の子どもの墓、イヌハジキ 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡三濃村上柏尾 写真資料 日本常民文化研究所
10 岐阜県明智町の山を背負った民家 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、被写体の家は典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真と同一であり、撮影年月日はこれによる。また、ア-25-35とも同一の被写体。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡明智町 写真資料 日本常民文化研究所
11 明智町一本檜峠での記念写真(早川孝太郎、高橋文太郎、村上清文) 窪田五郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる(早川は登山はしておらず別行動で神田へ採訪)、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。また、撮影者は高橋文太郎「三河段戸の秋」(『俚俗と民譚』第15号p15)による同行の窪田五郎氏と推定。台紙・写真裏面には一本檜峠とあるが、具体的な場所は不明。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡明智町一本檜峠 写真資料 日本常民文化研究所
12 岐阜県恵那郡明智町の山を背負った民家 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、典拠は本資料が早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段に掲載されており、その写真キャプションの撮影年月日による。同キャプションには「愛知県明智町」とあるが「岐阜県明智町」の誤りと見られる。また、ア-25-33とも同一の被写体。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡明智町 写真資料 日本常民文化研究所
13 一本桧峠より明智町を望む 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。台紙・写真裏面には一本檜峠とあるが、具体的な場所は不明。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡明智町一本檜峠 写真資料 日本常民文化研究所
14 岐阜県恵那郡明智町の舞台 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡明智町 写真資料 日本常民文化研究所
15 岐阜県恵那郡明智町の草葺きの民家と水田 高橋文太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡明智町 写真資料 日本常民文化研究所
16 中央本線瑞浪駅にて犬が曳く荷車 高橋文太郎・村上清文・早川孝太郎 ・本資料は高橋文太郎・村上清文・窪田五郎による昭和8年9月6日の段戸山登山の帰路時の写真と考えられる、典拠は早川孝太郎全集ⅩⅡp519上段の写真(ア-25-35)の撮影年月日による。写真裏面上部に違う台紙(黒色)から剥がした跡がある。 昭和8(1933) 岐阜県恵那郡中央本線瑞浪駅 写真資料 日本常民文化研究所
17   (1771)はナンバリング打ち損じを訂正したもの 記載なし 岐阜県吉城郡細江村 写真資料 日本常民文化研究所
18     記載なし 高山町原山スキー場 写真資料 日本常民文化研究所
19     記載なし 高山町原山スキー場 写真資料 日本常民文化研究所
20     記載なし 高山町 写真資料 日本常民文化研究所

戻る