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  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 胴わらを腰に巻く早乙女 宮本馨太郎 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・胴わらをつけた早乙女が別の早乙女を身支度を手伝っている・アワラ田の田植え着については『田植えに関する習俗 2』茨城県・富山県 p.156にある・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定・16ミリフィルム『白萩村アワラ田植直江津片田家行事』05:45に本資料と同じ人物が写っている・ア-30-30と同一のネガフィルム被写体や撮影日、撮影地などはこれによる   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
2 早乙女の身支度 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・胴わらを身につける早乙女。足元には藁や縄が置かれている・16ミリフィルム『白萩村アワラ田植直江津片田家行事』05:17に撮影されている被写体と同一人物ヵ・ア-30-33と同一のネガフィルム被写体や撮影日、撮影地などはこれによる   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
3 早乙女の服装 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・胴ワラを体に縄で巻きつけた早乙女。頭に手拭をアネハン被りにしている・ア-30-34と同一のネガフィルム被写体や撮影日、撮影地などはこれによる   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
4 早乙女の集合写真 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・ア-30-35と同一のネガフィルム被写体や撮影日、撮影地などはこれによる・身支度を整えた早乙女の集合写真。仕事着の上から縄で胴わらを縛っている。7人の早乙女(女性6人、男性1人)がおり、手に風呂敷包を持った者と持っていない者がいる、ア-30-32、河1-29-2-1と同じ被写体、構図のため、関連番号とした   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
5 早乙女の集合写真 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・身支度を整えた早乙女の集合写真。仕事着の上から縄で胴わらを縛っている。7人の早乙女(女性6人、男性1人)がおり、手に風呂敷包を持った者と持っていないものがいる。ア-30-32、河1-29-2-1と同じ被写体、構図のため、関連番号とした・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定・ア-30-32と同一のネガフィルムであると考えられるが、ア-30-32にには左端の早乙女の腕のみ確認できる   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
6 アワラ田の田植えを見るアチック同人 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・本資料手前には早乙女、その右奥にはアチック同人たちが田植えを見学をしている。さらに奥の田では早乙女と田舟が写っている・16ミリフィルム『白萩村アワラ田植直江津片田家行事』に撮影されている田植えの様子は、奥の田圃ヵ。畔道で田植えを見学している白いジャケットの人物が動画を撮影していると考えられる・ア-30-28と同一のネガフィルム、撮影日、撮影地などはこれによる・写3-16-7と一対であると考えられる・ネガ黒色部分銀が浮き出している(2012年10月18日調査:小林)   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
7 田舟に乗る男性 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・ア-30-29と同一のネガフィルム、撮影日、撮影地などはこれによる・写3-16-6と一対であると考えられる   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
8 アワラ田の中をアワラ竹で苗桶を運ぶ様子 不明 ・写3-16-9の白色の「東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三」と印刷された封筒に入っていたものヵ・渋沢フィルム整理カードには「白萩村 アワラ」とあり・『田植えに関する習俗 2』茨城県・富山県 p.130によるとアワラ竹は「運搬具で、田舟とともに田植えや稲刈りに利用される。」「スキーのようにはいて作業をする。アワラ竹のの真ん中には、ねずの縄(藁縄)を巻きつけて足がかりをつくる」とある・苗桶の名称は『田植えに関する習俗 2』茨城県・富山県 の口絵図39・40・55を参考とした・ア-30-31と同一のネガフィルム被写体や撮影日、撮影地などはこれによる・ネガ黒色部分銀が浮き出している(2012年10月18日調査:小林)   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
9 封筒   ・白色の封筒・表面「白萩村 アワラ」と青ペンで記載あり、裏面[東京都芝区三田綱町十番地 澁澤敬三]   越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
10 明治十一年灘浦漁業免許網場絵図 不明 ・本資料は富山県氷見郡灘浦の漁場図であり、漁場の他に陸地の村名や山アテが書かれている。台紙記載の「14.9.2日」から撮影日を推定した・アチックミューゼアム彙報31『近世越中灘浦台網漁業史』付録「地図B 明治十一年灘浦漁業免許網場絵図部分図」のもととなった編場絵図、出典である編場絵図は灘浦漁業株式会社の所蔵(同付録備考より)、題名はこれによる 昭和14(1939) 不明 写真資料 日本常民文化研究所
11 早乙女の集合写真 不明 ・アチックフィルム16ミリフィルムあり「直江津片田家行家/白荻村アワラ田植」、ビデオ16・身支度を整えた早乙女の集合写真。仕事着の上から縄で胴わらを縛っている。7人の早乙女(女性6人、男性1人)がおり、手に風呂敷包を持つ者と持っていないものがいる。ア-30-32、写3-16-4 写3-16-5と同じ被写体のため、関連番号とした・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定 昭和11(1936) 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
12 早乙女の身支度 不明 ・アチックフィルム16ミリフィルムあり「直江津片田家行家/白荻村アワラ田植」、ビデオ1・胴ワラをつける早乙女。早乙女の腰巻の柄がア-30-30、37と同じため、関連番号とした・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定・本資料右端に見きれているのは渋沢敬三ヵ 昭和11(1936) 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
13 苗を手に持ち畔に立つ早乙女 不明 ・アチックフィルム16ミリフィルムあり「直江津片田家行家/白荻村アワラ田植」、ビデオ16・本資料の手前には田植えの済んだ丘田(乾田)がある。早乙女の背後はアワラ田ヵ。本資料奥には田舟に乗った男性が写る・本資料中央に立つ早乙女は、腰巻の柄が河1-29-2-2の被写体と同じ・16ミリフィルム『白萩村アワラ田植直江津片田家行事』09:15に本資料に近いシーンあり・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定 昭和11(1936) 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
14 アワラの田植え 不明 ・アチックフィルム16ミリフィルムあり「直江津片田家行家/白荻村アワラ田植」、ビデオ16・アワラ田の田植えを行なう4人の早乙女。畔に村の子供が立ちその様子を見ている。本資料奥には田植えを見学するアチック同人たちが写る。その近くには、田舟、アワラ竹、桶が置かれている。後方の丘の上には学校と考えられる建物が見える・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定 昭和11(1936) 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
15 アワラの田植え 不明 ・アチックフィルム16ミリフィルムあり「直江津片田家行家/白荻村アワラ田植」、ビデオ16・16ミリフィルム『白萩村アワラ田植直江津片田家行事』09:32からの映像と同じ田圃。4人の早乙女(女性3人、男性1人)と田舟に乗った男性を撮影している・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定・写真の上にトレース用紙が貼られていた跡がある 昭和11(1936) 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
16 東種の田圃の遠景 不明 ・アチックフィルム16ミリフィルムあり「直江津片田家行家/白荻村アワラ田植」、ビデオ16・アワラ田の田植えを含めた東種の風景。ア-30-24、25、26にはない遠景からの田植えの様子が撮影されている・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定 昭和11(1936) 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
17 天然記念物ホタル烏賊絵はがき 不明 ・題名は葉書のキャプションによる・3杯のホタルイカが並べられている、表面:[天然記念物ホタル烏賊 (魚津名物)]、裏面:[郵便はがき]、[CARTE POSTALE
UNION POSTALE U
NIVERSELLE]・通信面に貼られていた跡あり・通信欄半分、通信面上部「はがき」から昭和8年以降の私製絵葉書(「絵葉書通信欄による年代測定」参照)
昭和8 不明 写真資料 日本常民文化研究所
18 魚津埋没林の絵はがき 不明 ・題名は葉書のキャプションから・埋没林の上に座る男性2人。右側の埋没林にはロープが掛けられており、そのロープは岸に立てられた櫓に繋がっている。岸には大勢の人間がいる・表面:[魚津埋没林]、裏面:[郵便はがき]、[CARTE POSTALE
UNION POSTALE U
NIVERSELLE]・通信面に貼られていた跡あり・通信欄半分、通信面上部「はがき」から昭和8年以降の私製絵葉書(「絵葉書通信欄による年代測定」参照)・魚津の埋没林は富山県魚津市釈迦堂にあり、昭和30年に特別天然記念物に指定されている
昭和8 不明 写真資料 日本常民文化研究所
19 畔道に置かれたツンブリ(背負籠) 不明 ・写真には、2つの背負籠が写っている(前面は苗が入り、後面は入っていない)・背負籠の名称は、文化財保護委員会『田植えに関する習俗 2』茨城県・富山県の図版35・46とp.129「農具」にある記載を参考とした・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定 記載なし 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所
20 灰納屋とアワラ竹 不明 ・本資料は小屋に長い棒がたてかけられている。『富山民俗の位相』p.139によると「明治のころまでのことであろうか、灰を俵につめて玄関(家の前側全部)や納屋の前に積んでおく家もあったという。これでは危ないので、どの家も灰屋を作るようになった。はじめは粗末なものだったが、だんだん立派なものになってきた。外壁も荒壁だったものがトタン張りから白壁になり、柱もベンガラを塗るものまで出てきた」とあり、『図録民具入門事典』 p.61にも灰納屋の写真がある。本資料は檜皮ぶきの屋根に土壁であり、小屋の前にはバケツらしきものが置かれている。灰をこのバケツに入れて運搬したと推測する。灰屋にはアワラ竹が立てかけられている。その奥には崩れた建物がある・アワラ竹は「運搬具で、田舟とともに田植えや稲刈りに利用される。スキーのようにはいて作業をする。アワラ竹の真ん中には、ねずみの縄(藁縄)を巻きつけて足がかりを作る(文化財保護委員会『田植えに関する習俗 2』茨城県・富山県 p.130)。」とある・撮影日は渋沢敬三『犬歩当棒録』p.445 旅譜、アチックマンスリー「REPORT」p.46からの推定 記載なし 越中白萩村(富山県中新川郡白萩村東種) 写真資料 日本常民文化研究所

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