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  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 藁靴(フカグツ)を編む田中喜多美 木川半之丞 ・題名は渋沢フィルムDVD26「ワラ靴製作」に同一の人物が写り、これが田中喜多美であることによった・因みにこの前日が敬三の誕生日であることからそれで呼ばれたまたは16ミリフィルムでの撮影になったかといった何かしらの関係があるか・撮影者は関連目録番号資料により、アチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
2 背負い袋を背負う田中喜多美(後ろ姿) 木川半之丞 ・台紙にはESPARTO SUPERFINEと馬の絵と透かしがある、またこの台紙は通常の台紙より大きい(通例は20.5×16.3、当台紙は25.7×20.5)・撮影者は関連目録番号資料により、アチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
3 山仕事道具を背負いこちらを向く田中喜多美(腰ミノ) 木川半之丞 ・台紙にはESPARTO SUPERFINEと馬の絵と透かしがある、またこの台紙は通常の台紙より大きい(通例は20.5×16.3、当台紙は25.7×20.5)・撮影者は関連目録番号資料により、アチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
4 アイヌの高倉(刊行物記載参照) 不明 ・渋沢敬三『犬歩当棒録』p,247に同状況の写真があるが写っている人物が違う、当写真には宮本馨太郎が写っている・渋沢敬三『犬歩当棒録』p,247にある同状況の写真から保谷民族博物館でのものと考えられる 昭和35(1960) 日本民族学協会付属博物館(東京都保谷) 写真資料 日本常民文化研究所
5 アイヌ住居(刊行物記載参照) 不明 ・渋沢敬三『犬歩当棒録』p,247に同状況の写真があるが、当写真には宮本馨太郎が写っている・渋沢敬三『犬歩当棒録』p,247にある同状況の写真から保谷民族博物館でのものと考えられる 昭和35(1960) 日本民族学協会付属博物館(東京都保谷) 写真資料 日本常民文化研究所
6 熊飼育舎 不明 ・渋沢敬三『犬歩当棒録』p,247に同状況の写真があり、そのキャプションには「アイヌ住居、熊飼育舎、高倉」とあり、そこで採用されている写真は写1-4-1、写1-4-2と同被写体の写真であり、当写真裏面に「不採用」とあることから、当写真が熊飼育舎と考えられる、また同理由から保谷民族博物館での写真と考えられる 昭和35(1960) 日本民族学協会付属博物館(東京都保谷) 写真資料 日本常民文化研究所
7 三田綱町の澁澤邸でイタヤ細工を実演する渡部小勝 木川半之丞 ・本資料は昭和9年11月9日に三田綱町邸で行われた、渡部小勝によるイタヤ細工の製作実演時の写真である。補訂版「アチック来訪者芳名簿」渋沢史料館蔵p.24によると、この日のアチックの例会には渡部の他、澁澤敬三、木川半之丞、祝宮静、小川徹、高橋文太郎、藤木喜久麿、五十沢次郎が参加している。本資料には顔が見えないが16ミリカメラをもった澁澤敬三が写っている。アチックフィルム27「イタヤ細工」06:56あたりの写真と見られる。撮影日は柏葉拾遺p17の十六ミリフィルムリストより、昭和9年11月9日とした。また、本資料がガラス板写真であることから撮影は木川半之丞と推定した。 昭和9(1934) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
8 背負い袋を背負う田中喜多美(後ろ姿) 木川半之丞 ・題名は渋沢フィルムDVD26「ワラ靴製作」に同一の人物が写り、これが田中喜多美であることによった・撮影者はアチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。・因みにこの前日が敬三の誕生日であることからそれで呼ばれたまたは16ミリフィルムでの撮影になったかといった何かしらの関係があるか 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
9 藁靴(フカグツ)を編む田中喜多美 木川半之丞 ・題名は渋沢フィルムDVD26「ワラ靴製作」に同一の人物が写り、これが田中喜多美であることによった・撮影者はアチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。・因みにこの前日が敬三の誕生日であることからそれで呼ばれたまたは16ミリフィルムでの撮影になったかといった何かしらの関係があるか 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
10 山仕事道具を背負いこちらを向く田中喜多美(腰ミノ) 木川半之丞 ・題名は渋沢フィルムDVD26「ワラ靴製作」に同一の人物が写り、これが田中喜多美であることによった・撮影者はアチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。・因みにこの前日が敬三の誕生日であることからそれで呼ばれたまたは16ミリフィルムでの撮影になったかといった何かしらの関係があるか 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
11 渋沢邸大広間・第一応接室での記念写真 木川半之丞 ・題名は渋沢フィルムDVD26「ワラ靴製作」に同一の人物(田中喜多美)が写り、これが写り込み、また同DVD12:05から早川孝太郎や市川信次、歌川節雄が写り早川歌川が同じ背広姿である事から撮影日はこれによる、因みに8月25日が敬三の誕生日であることからまとまった集合写真となったものか・撮影者はアチックでのガラス板写真であることから木川半之丞と推定した。 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
12 渋沢邸にて踊りを踊る敬三、高橋文太郎等 不明 ・題名は渋沢フィルムDVD26「ワラ靴製作」に同一の人物(田中喜多美)が写り、これが写り込み、また同DVD12:05から早川孝太郎や市川信次、歌川節雄が写り早川歌川が同じ背広姿である事から撮影日はこれによる、因みに8月25日が敬三の誕生日であることからまとまった集合写真となったものか 昭和8(1933) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
13 三田綱町の澁澤邸でイタヤ細工を実演する渡部小勝 木川半之丞 ・河1-6-16の封筒に入っていた・本資料は昭和9年11月9日に三田綱町邸で行われた渡部小勝によるイタヤ細工の製作実演時の写真、補訂版「アチック来訪者芳名簿」渋沢史料館蔵p.24によると、この日のアチックの例会には渡部の他、澁澤敬三、木川半之丞、祝宮静、小川徹、高橋文太郎、藤木喜久麿、五十沢次郎が参加している、本資料には顔が見えないが16ミリカメラをもった澁澤敬三が写っている、アチックフィルム27「イタヤ細工」06:56あたりの写真と考えられる・撮影日は柏葉拾遺p.17の十六ミリフィルムリストより、昭和9年11月9日とした、また、関連目録番号資料にガラス板写真があることから撮影は木川半之丞と推定した 昭和9(1934) 三田綱町邸 写真資料 日本常民文化研究所
14 前浜にあるハマンモリ(浜ノ森)、風除の砂丘、竹垣 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」 昭和11(1936) 東京都新島村本村前浜 写真資料 日本常民文化研究所
15 羽伏浦 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」 昭和11(1936) 東京都新島村本村羽伏浦 写真資料 日本常民文化研究所
16 本村の道路、竹矢来の角を曲がる少女 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」 昭和11(1936) 東京都新島村本村 写真資料 日本常民文化研究所
17 車井戸 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」 昭和11(1936) 東京都新島村本村山側 写真資料 日本常民文化研究所
18 庭に並べられた四つの桶(三種類) 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」 昭和11(1936) 東京都新島村原町小川安次郎氏宅 写真資料 日本常民文化研究所
19 赤子を背負う二人の少女と横に立つ少女 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」・当該資料と同状況である河1-40-1台紙記載に「新島本村原町、小川氏宅にて」とあり撮影地はこれによる・「■」は消し字ヵ 昭和11(1936) 東京都新島村原町小川安次郎氏宅 写真資料 日本常民文化研究所
20 蔓状の植物を頭に捧いで山から帰る女性(全身、背面) 藤木喜久麿 ・付紙記載文:「チェック印」 昭和11(1936) 東京都新島村本村新町 写真資料 日本常民文化研究所

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