検索結果一覧

データベース 写真資料
フリーワード
 
  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 屋敷の隅の金神洞(刊行物記載による) 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・ア18-34-1とア18-34-2は同じ頁に貼られている・この頁は台紙が天地逆に綴じられその上に写真が貼付されている 昭和12(1937) 塩飽本島・笠島 写真資料 日本常民文化研究所
2 頭屋が済んだ印「的」 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-34-1とア-18-34-2は同じ頁に貼られている・この頁は台紙が天地逆に綴じられその上に写真が貼付されている・題名は『瀬戸内海島嶼巡訪日記』写真50を参考、同調査内での写真と考えられる 昭和12(1937) 瀬戸内海 写真資料 日本常民文化研究所
3 船出した船から港を望む 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-35-1とア-18-35-2は同じ頁に貼られている・撮影地は写真に写る船の一部(柱)が瀬戸内調査で使った福武丸と同一であるところから瀬戸内海とした(『瀬戸内海島嶼巡訪日記』口絵「福武丸と一行」参照、) 昭和12(1937) 瀬戸内海 写真資料 日本常民文化研究所
4 舟附場のエビス社(刊行物記載による) 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・ア18-35-1とア18-35-2は同じ頁に貼られている 昭和12(1937) 室濱 写真資料 日本常民文化研究所
5 桶を押しながら泳ぐ海女 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-36-1と18-36-2は同じ頁に貼られている・被写体は16ミリフィルム25「志摩崎島」08:12辺りの画と同様のものと考えられる 昭和12(1937) 和具~賢島間の海 写真資料 日本常民文化研究所
6 鯛網漁 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-36-1と18-36-2は同じ頁に貼られている・被写体は16ミリフィルム24「塩飽1&2」02:26辺りの画と同様のものと考えられる 昭和12(1937) 釜島~與島 写真資料 日本常民文化研究所
7 渡し舟が着くところ 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-37-1と18-37-2は同じ頁に貼られている・被写体は16ミリフィルム24「塩飽1&2」11:46辺りの画と同様のものと考えられ、動画には写真を写していたであろう磯貝らしき人が横切る姿が映っている・撮影地は16ミリフィルム24「塩飽1&2」11:46以降に機具が写っておりその一つハタクサが『瀬戸内海島嶼巡訪日記』p.81にあり同島とした・写真中央福武丸からこちらを見ている渋沢の姿が見える 昭和12(1937) 大飛島 写真資料 日本常民文化研究所
8 海を背に写る子供たち 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-37-1とア-18-37-2は同じ頁に貼られている   瀬戸内海 写真資料 日本常民文化研究所
9 竜宮社前広場と鳥居 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-38-1と18-38-2は同じ頁に貼られている・台紙には「漁村和具」とあるが、写真鳥居上に「竜宮社」とありこれは16ミリフィルム24「塩飽1&2」に写る竜宮社のことかと考えられる(『瀬戸内海島嶼巡訪日記』pp..24-29、) 昭和12(1937) 岩黒島 写真資料 日本常民文化研究所
10 志摩半島の漁村(刊行物記載より) 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-38-1と18-38-2は同じ頁に貼られている 昭和12(1937) 和具町 写真資料 日本常民文化研究所
11 オイダイ(背負梯子) 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-39-1と18-39-2は同じ頁に貼られている・撮影地等情報は台紙記載の「女木」より、『瀬戸内海島嶼巡訪日記』p.185女木島の「民具」を見ると「オイダイ」として爪のない背負梯子の記載があり写真に写っているものと同様のものと考えられる、因みにこの記載は磯貝による 昭和12(1937) 女木島 写真資料 日本常民文化研究所
12 縄付きの桶、横槌など 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-39-1とア-18-39-2は同じ頁に貼られている・撮影地等情報は台紙記載の「志摩 御座」より、被写体のうちどれを中心に撮影しようとしているのか詳細不明、真中の海女が潜る際に使う縄付きの桶ヵ 昭和12(1937) 御座 写真資料 日本常民文化研究所
13 背負梯子 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-40-1とア-18-40-2は同じ頁に貼られている・撮影地は台紙記載による 昭和12(1937) 手島 写真資料 日本常民文化研究所
14 藁籠と莢付き豆 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-40-1とア-18-40-2は同じ頁に貼られている・写真が台紙に対して天地逆に貼られている・撮影地は台紙記載による 昭和12(1937) 片田 写真資料 日本常民文化研究所
15 オイダイ(有爪背負梯子) 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-41-1と18-41-2は同じ頁に貼られている・撮影地等情報は台紙記載の「股島」より、『瀬戸内海島嶼巡訪日記』p.102股島の「民具」を見ると「オイダイ」として有爪背負梯子の記載があり写真に写っているものと同様のものと考えられる、因みにこの記載は磯貝による 昭和12(1937) 股島 写真資料 日本常民文化研究所
16 ユングリ 礒貝勇 ・撮影者磯貝勇は背表紙記載内容、中表紙(18-33)に依る・18-41-1と18-41-2は同じ頁に貼られている・撮影地等情報は台紙記載の「魚島」より、『瀬戸内海島嶼巡訪日記』p.96魚島の「語彙」を見ると「ユングリ」として「藁製盥型容器。之にチンコマメと称する豆類が入っていた」との記載があり写真に写っているものと同様のものと考えられる、因みにこの記載は磯貝による 昭和12(1937) 魚島 写真資料 日本常民文化研究所
17 船上から鍋島と灯台を望む 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-42-1とア-18-42-2は同じ頁に貼られている・河岡01-22-49~51と同様の被写体として与島側にある鍋島が見える 昭和12(1937) 与島沖 写真資料 日本常民文化研究所
18 浜辺にて話をする渋沢とアチック同人(渋沢敬三・宮本馨太郎・小川徹・村上清文(ヵ)他一名) 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-42-1とア-18-42-2は同じ頁に貼られている・撮影地は写真に写る人物とその服装並びにアルバム自体の編集方針から(『瀬戸内海島嶼巡訪日記』口絵「福武丸と一行」参照、)・渋沢敬三・宮本馨太郎・小川徹・村上清文(ヵ)他一名が写っている、因みに渋沢の前に16mmフィルムカメラがある 昭和12(1937) 瀬戸内海 写真資料 日本常民文化研究所
19 児島湾内のカシギ漁場の番小屋 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-43-1とア-18-43-2は同じ頁に貼られている・被写体は16ミリフィルム24「塩飽1&2」00:13辺りの画と同様のものと考えられる 昭和12(1937) 八濱沖 写真資料 日本常民文化研究所
20 鯛網漁 礒貝勇 ・撮影者礒貝勇は背表紙記載内容、中表紙(ア-18-33)に依る・ア-18-43-1とア-18-43-2は同じ頁に貼られている・被写体は16ミリフィルム24「塩飽1&2」01:47辺りの画と同様のものと考えられる 昭和12(1937) 釜島~與島 写真資料 日本常民文化研究所

戻る