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  資料名 著者 内容 年代 地域 データベース 所蔵  
1 竹島の海岸 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 竹島 写真資料 日本常民文化研究所
2 海上に開聞岳を望む竹島小学校裏の林相 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 竹島 写真資料 日本常民文化研究所
3 竹島の聖神社 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 竹島 写真資料 日本常民文化研究所
4 竹島の小学校 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 竹島 写真資料 日本常民文化研究所
5 口之島の小学校から見る前岳  江崎悌三 口之島の前岳については早川孝太郎全集ⅩⅡp400にも図入りで関連の記述と挿し絵があり、小学校からの撮影というのはこれによる。 昭和9(1934) 口之島 写真資料 日本常民文化研究所
6 竹垣や日章旗が見える竹島の集落  江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 竹島 写真資料 日本常民文化研究所
7 東側海上より硫黄島と硫黄岳を望む 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
8 硫黄島の硫黄島港と矢筈岳を後方に望む 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
9 硫黄島港に停泊する十島丸 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。また、「硫黄島」「④」は切れており推定 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
10 硫黄島の硫黄岳中腹より矢筈岳を望む 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
11 硫黄島の硫黄岳中腹より稲村岳を望む 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。また、「硫黄島」「⑯」は切れており推定 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
12 硫黄島の硫黄岳噴火口 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
13 硫黄島の大僧都俊寛を祀る祠  江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
14 硫黄島の太鼓踊り 江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。また、「4」完全に糊付けされており推定早川孝太郎全集ⅩⅡp390「硫黄島の太鼓踊り」の写真とほぼ同一場面であるが、被写体の踊り手の足の角度や影の濃淡などから別写真と見られる硫黄島の太鼓踊りは八朔踊りともいい、関連の解説が「昭和回顧録『薩南諸島民俗の旅』」にて下野敏見氏によって解説されている 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
15 硫黄島の硫黄岳頂上にて調査団一行  江崎悌三 写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 硫黄島 写真資料 日本常民文化研究所
16 口之島のガジュマルの木と永井亀彦鹿児島一中教諭  江崎悌三 永井亀彦氏の肩書きは「ドルメン」第三巻第七号p49「奄美十島学術探訪団」の記述による。写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 口之島 写真資料 日本常民文化研究所
17 口之島の海岸と刳舟の漁船 江崎悌三 口之島の刳舟については桜田勝徳著作集7p353に「(口之島の)マルキブネ」として図入りで、また早川孝太郎全集ⅩⅡp401にも図入りで関連の記述がある。写真裏面記載文の「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。 昭和9(1934) 口之島 写真資料 日本常民文化研究所
18 口之島のガジュマル 江崎悌三 写真裏面記載文の「15」は○で囲まれている。 昭和9(1934) 口之島 写真資料 日本常民文化研究所
19 口之島の高倉 江崎悌三 写真裏面記載文のうち、「E∃AKI 」は印画紙の端で切れているが、他の同様の資料から推定。また、「E∃AKI」は「EZAKI」(江崎悌三)のことと思われる。口之島の高倉については桜田勝徳著作集7p355に「泉と高倉」として図入りで関連の記述がある。また、アー10-24・25と同一の被写体と見られる 昭和9(1934) 口之島 写真資料 日本常民文化研究所
20 口之島の小学校女性による笠踊り (掲載刊行物による) 江崎悌三 写真裏面記載文のうち「26」は○で囲まれている口之島の女性による笠踊りについては、早川孝太郎「踊りの着物-薩南十島にて-」(『旅と伝説』昭和9年八月号)p15(再録、早川孝太郎全集Ⅸp217)、早川孝太郎全集ⅩⅡp401「娘たちの笠踊り」にも関連の記述と本資料写真の掲載がある。 昭和9(1934) 口之島 写真資料 日本常民文化研究所

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